導入事例
OpenSNP導入エピソード集
『ひょこむ』 兵庫県域地域SNS(兵庫県姫路市)

「協働がどんどん企画を育てる『姫路おでんコロッケ』物語」by こたつねこ

NHK神戸放送局の前田春菜記者からの電話は突然でした。
「みんなが楽しく集まって、バーチャルが現実になったという事例を取材させて下さい♪」
地域SNSの中で、多くの人々が井戸端会議のように交流して、さまざまな新しい動きが出 てきていると聞いて、身近な「ひょこむ」に白羽の矢を立てたらしい。声からするとまだ若い女性のよう。電話ではいくつかの誤解を解きながら、地域SNSの 特徴を説明し、実際に起こったいくつかのエピソードを紹介しました。中でも時間をかけてじっくりと話した「ひょこむカー」「姫路おでんコロッケ」については、受話器の向こうで「ハマった!」という手応えがありました。

 数日後、姫路駅前のホテルの喫茶で打ち合わせ。前田さんは声の印象より更に可愛い記者さんでした。だから、熱が入ったわけではありませんが、ほぼこちら 側が一方的に喋り続けて3時間。なんとか、ひょこむの実態を理解してくれるところまできました。お嬢さんの要求は過酷です。「4日後にロケをしたいので、ひょこむカーに乗って姫路おでんコロッケを食べたい」といいます。そこからの準備が大変でした。
地域SNSの中で、多くの人々が井戸端会議のように交流して、さまざまな新しい動きが出 てきていると聞いて、身近な「ひょこむ」に白羽の矢を立てたらしい。声からするとまだ若い女性のよう。電話ではいくつかの誤解を解きながら、地域SNSの 特徴を説明し、実際に起こったいくつかのエピソードを紹介しました。中でも時間をかけてじっくりと話した「ひょこむカー」「姫路おでんコロッケ」については、受話器の向こうで「ハマった!」という手応えがありました。

もともと姫路おでんコロッケのルーツは、「美味しいものを安く一杯食べられるお店を紹介しあおう」という趣旨の「B級グルメ探偵団」と いうコミュニティを起点としています。B級グルメである人が「コロッケ食べたい」という発言をすると「昔、学校の帰りにお肉屋さんの店頭で食べた揚げたて コロッケの味が忘れられない」というコメントがつき、お肉屋さんが少なくなったという話題から、今でも美味しいコロッケを揚げている肉屋情報が集まり出し ました。ここまで来ると誰からともなく「みんなでお肉屋のコロッケを買ってきて食べ比べをしよう!」という企画が生まれ、「お肉屋のコロッケだけでは面白 くないので、地産地消の素材で新作コロッケを作ろう」という動きになったのです。

ここまでは、どこにでもありそうな話しですが、ひょこむが変なのはここから。
「地産地消の名物コロッケを作ろう」というキーワードと、「名物というと姫路おでん」という刷り込みが融合して「姫路おでんでコロッケを作ったら名物になる」という妄想が生まれました。おでんで作ったコロッケが美味しいなんてきっと誰も思っていなかったでしょうが、それを真面目に地産地消の素材を使って試作してしまうというから、半端なノリではありませんでした。
イモの種類や調理の方法、入れる素材に包丁の入れ方まで工夫して、できあがった試作コロッケは60種 400個。30人以上が「もうコロッケはいらない」というくらい必死に食べ比べて、基本アレンジを3種まで絞り込みました。そこで登場するのが、地元の蒲 鉾屋の社長さん。素材の味を大切にしながら、見事にコロッケに封じ込める技を発揮。ロケ当日300個の手作りコロッケを工場長が搬入してくれました。揚げ 方専門を自認するショットバーのマスターが、少し高めの温度でこんがり仕上げたコロッケを、姫路おでんと同じように生姜醤油で口に入れると、なんとこれが 上品な味。想像を遙かに超える美味しさでした。他にも、出汁屋さんや材料を提供してくれる農家などが当初から参加。多彩なプロが素人と楽しく協働するのも ひょこむの企画の特徴です。

その後、姫路おでんコロッケは、「佐用の鹿コロッケ」「宍粟の猪コロッケ」な どと並んで、食のイベントがある度に登場し、好評を博しています。ロケ当日に残った試作コロッケをクルーにセットでお土産に渡しました。これをその日の夜 に全部食べた前田記者から翌日慌てて「もうコロッケはありませんか?」という電話がありました。神戸からの放送は終わったものの、その後近畿の昼ワイドで 流したいのでホンモノが欲しいとディレクターに依頼されたとのこと。一度はオファーを断りましたが、蒲鉾屋さんの好意で手作りしてもらって、大阪のスタジ オでも評判になったと聞きました。

「名物を作る」という目的先行では、きっとこう上手くはいかなかったでしょう。活性化したコミュニケーションと人脈の支えあいが、思 いもよらない効果を生み出した事例のひとつが、ひの姫路おでんコロッケでした。まさに「創発する地域活動」とよんでも差し支えない高いポテンシャルとモチ ベーションが、ひょこむの中では息づいていると言えます。

「信頼できるネットワークづくりの奥義−後見制誕生♪」by こたつねこ

科学技術に進歩にに逆行するWeb2.0時代の人的認証システム

■管理者による入会審査の限界
立ち上げ2ヶ月間、OpenSNPのリーディングサイト「ひょこむ」でも、招待した人が被招待者のお世話をすることを義務づける「後見制」を取り入れてはいませんでした。この間は、管理者が直接または間接に登録申請者の実在がほぼ確認できるくらいの距離感にあったので、メンバーから招待状を出してもらえれば、基本的に誰でも参加できても、信頼性を確保することができたのです。

徐々にメンバー数が増加して、招待者が管理者から2ステップ(友達の友達)以上離れてくると、被招待者の実名や連絡先の確認をする作業が煩雑になりまし た。一部には、意図的に偽名など虚偽申請を行う人もあり、管理者にとって「入会審査」が非常に大きな負担となっていました。

「信頼できるネットワークづくり」には、ある程度厳格な入会審査は不可欠です。しかし、そのための作業がサイトの健やかな成長を阻害したり、手間やコストが運営に悪影響を与えては元も子もありません。そろそろ管理者も限界に近づき始めた頃、ひとりのユーザーが画期的なヒントを与えてくれました。

■招待者による認証と後見の仕組み
「自分が招待した人の世話や保証をするのは当然だ」。確かに、既存の社会ネットワークではよく使われている手法で、ロータリークラブは、2名のスポンサー (招待者)が新人の後見役となって卒業・退会するまでフォローしています。また、日本の伝統的地域ネットワークには、地縁血縁とは別の緩やかなつながり が、このようにして維持・運営されていました。後見役が介在することによって、グループの活動や歴史を学び友人づくりもスムーズにできます。いち早く仲間 の雰囲気に慣れ親しむことができる優れた方法と言えます。

こうして、招待者が被招待者の入会審査を行い、参加後は後見役となってあれこれとお世話をしたり、トラブルが発生したときは調整・ 仲裁を買って出るという、「招待者承認・後見制」という仕組みがスタートしました。なんでも技術で解決しようという情報通信の手法に逆行して、できるだけ 人を関与させることで関係性の大切さを認知してもらい、サイトの運用に役立てる。いわば、「Web2.0時代の人的アナログ認証技術」の導入と言えます。

【変更前】
(1) 招待者が被招待者のメールアドレスに招待状を発送
(2) 被招待者は、招待状の中のURLを開き、個人情報等を入力
(3) 被招待者にひょこむの利用提供が開始
(4) 管理者が設定情報を確認。間違いがあれば修正依頼

【変更後】
(1) 招待者が被招待者のメールアドレスに招待状を発送
(2) 被招待者は、招待状の中のURLを開き、個人情報等を入力
(3) システムが招待者に被招待者の登録依頼通知を発送
(4) 招待者が被招待者の入力情報を確認。問題なければ承認。
(5) 被招待者にひょこむの利用提供が開始
(6) 管理者が設定情報を確認。間違いがあれば修正依頼。

■後見制の効果と展開
招待者が被招待者の情報を確認することで、入会審査の適正化が図れるだけでなく、管理者の負担が大幅に軽減されました。招待者に被招待者の個人情報が承認 時に限り一度閲覧されることとなりますが、もともと本名や住所を隠しておきたい人を招待することは少ないでしょうし、招待にも伏せておきたい事情がある場 合は、事務局に相談してもらえれば(代替え措置をとって)個人情報の記入を必要としないこととしています。

導入から1年半が経過し、メンバー数は当初の約10倍になりましたが、「ひょこむ」のサイト内が支え合う温かい雰囲気で満たされている大きな理由として「後見制」を挙げる研究者は少なくありません。信頼できるネットワークをゆっくり成長させてきたこの「ご縁依存システム」は、その後ほとんどのOpenSNPサイトに採用され、ひょこむと同様の効果を実現しています。

「ひょこむモール誕生秘話」by こたつねこ

ブログからコミュニティ、そして新たな場づくりへ。
共鳴が創発につながる「ひょこむモール」の誕生秘話。

■負けたらあかん!
2007年2月、「東京荒川の商店街にある老舗豆腐店のご主人が、商売の先行きが不安という理由で自殺に追い込まれた」という痛ましい事件が報道されまし た。ひょこむユーザーである平山さんは、仕事柄地域の中小零細商店主と直接かかわる機会が多く、「遠くで起こった他人事」としてこの事件を考えることがで きず、自分のブログに素直な心情を書き込みました。『先行き不安遺書残し…』というこのブログは、まだ生まれて半年にも満たない「ひょこむ」のメンバーを 刺激して、1週間の間に30件のコメントと466件の閲覧がつき、大きな反響を生みました。

ブログのコメントは、「地域で頑張る商店は危機的状況」「商店街はもう持たない」「商店と住民のつながりが欠如している」「これまでの施策では対応困難 だ」「自分たちでも何かできないか」などという前向きな発言で埋め尽くされ、翌日にはこの課題に関して議論する新しいコミュニティ「ひょこむ地域産業振興研究会」が、平山さんの手で設置されることとなったのです。

■web2.0を地域で活かす!
地域産業復興への熱い情熱に共鳴して、ひょこむ地域産業振興研究会には、数日の内に100名以上のメンバーが集まりました。「Web2.0的なつながりと思考で地域産業の振興・再生を考えるコミュニティです」という説明文にある通り、多様な立場や視点から地域経済の再活性化を目指す、小さいけれども志高い活動の第一歩が始まったのです。

「様々な要因や背景があるにせよ、商店街がシャッター街化したり、町から中小零細商工業の灯が消えることは大きな損失ではないかと考えます」という平山さ んの言葉は、行政、個店、商店街、生産者、製造業、住民、研究者など、それぞれにバラバラにしか地域を見ることができていなかった現実に、共通の視点を提 供するきっかけとなりました。

■SNS連携地域電子モール構想
コミュニティを核とした人的基盤に、具体的な行動につながるツールを提供できる可能性を提示したのが、和崎さんの『Web2.0技術を活用したSNSプラットホーム型電子モールの構築』提案(兵庫県新産業創造プログラム助成事業)です。

地域の人が地域のお店で、さまざまな交流を楽しみながら、地元の産物や商品を気軽に、実際に対面で買えるような仕組みをインターネットで実現したい。「イ ンターネット=グローバル」ではなく、情報通信の基盤技術のメリットを地域単位で活かし住民が元気になれば。多様な人たちがどんどんと交流を広げ深めて、 楽しく優しい気持ちで支え合って暮らせるコミュニティづくりをしたい。こんな「夢」を実現しようとする仕組みが、「ひょこむモール」の原型として企画されていました。

■ひょこむモールに賭けた「夢」
信頼できる地域のお店や個人が、経済的なリスクなしに気軽に自分の自慢の商品を並べられるインターネットショーケース。お金「円」だけで「取引」を決済するではなく、「ご縁」が深まり広がる「商人(あきんど)」の原点を彷彿とさせるツール。希薄化し続ける地域の「つながり」を大切に紡ぎ直していくような「場」づくりが、ひょこむの基盤となっているSNSエンジンOpenSNP(Open social network platform)を使って始まりました。

この試みがひょこむで成功すれば、数多くのOpenSNPを利用する地域サイトでもそのまま活用することができる。全国各地で商 店主を元気にすることができれば、いつか日本全体が元気になる(かも)。大それた夢ですが、地域から日本を変えるきっかけになるかも知れない。それがひょ こむモールの狙いであり、OpenSNPファミリーの「夢」なのです。

■ひょこむモール誕生♪
神戸大学工学部に通う河田君が、ひょこむ本部の訪ねてきたのは2007年秋のこと。「地域SNSに関わる卒業論文を書きたい」と いう漠然としたイメージは、地域SNSが社会に与える可能性や効果を議論する中で、地域モールを立ち上げるという流れになりました。卒業論文に間に合わせ るべく驚異的な頑張りをみせて、2008年2月にベースとなるプログラムが動き始め、ひょこむモールがプチオープンすることになりました。

骨組みはできたものの、店舗でいえば掘っ建て小屋にトタンを打ち付けたくらいの完成度しかなく、とても「地域電子モールが立ち上がりました」と自慢できる 代物ではありません。そこで、ボランティアスタッフが中心となって運営や開発を受け持ち、リニューアルへの準備を積み上げてくれています。今後は、さまざ まな要望を組み込んだプログラムをオープンソースとして公開する予定になっています。

「地域SNS別名地域活性化エンジン」by コバ

福岡県東峰村で、熊本県山江村を発祥の地として全国に拡大しているまちおこしプログラム「住民ディレクター」活動が始まって3年目。総務省の補助金の採択を受け動画専用サイトを構築したいと考えていましたがあえなく不採択。そんな時、住民ディレクターを総合的に指導していただいている岸本晃さんからインターネットTVの機能を持つ地域SNS「ひょこむ」の紹介を受けました。

それまでSNSのことはミクシーの株式上場騒ぎ等等で多少の知識はありましたが、実際に入会したのは初めてで、最初は戸惑うばかりでした。しかし、実際に 使ってみて、いろいろな仕組みや機能を目の当たりにするうちに、このツールは東峰村のような中山間地域の活性化にとって、真に初めての有効な推進手段にな るのではという気がしています。

これまで中山間地域では、様々な地域活性化の取り組みを行ってきました。上手くいっているものもありますが、最初の1,2年を過ぎると継続の難しさからいつの間にか活気を失ってしまう事業が多いのが現実です。これには種々の原因が考えられますが、ほとんどが事業に関わっている人たちの関心が時間の経過とともに徐々に薄れていくことにあるような気がしています。

なぜそうなるのか?。それは事業に関わっている人の評価や現在の置かれている状況がわからないからではないかと思います。ひょこむでは、いろいろな人の交流や情報を通じて自分のやっていることの評価や置かれている状況を客観的に知ることができます。それこそが地域活性化の推進の原動力になり得るのではないかと感じる部分です。

冒頭に書きましたが、東峰村では住民ディレクターの取り組みが始まって3年目になります。今後どのようにこの取り組みを継続・発展していくかが大きな課題 となりますが、答えがこの地域SNS「ひょこむ」スタイルにあるような気がしてなりません。今、大いなる期待と希望を胸にこのツールを自分のものにしたい と日々楽しんでいます。

「『姫路城清掃会』200回開催に感謝」by すーさん

平成20年5月11日(日)に開催された200回の節目には(姫路城管理事務所・姫路市民プラザ後援)、お陰さまで皆様のご協力により、80名の参加を頂くことが出来ました。
姫路城清掃会は「お城の掃除は心のそうじ」 を合言葉に、訪れる観光客に“きれいな姫路城”のイメージをもって頂こうと、平成3年9月から一度も休むこともなく17年間、毎月第2日曜日に行っています。

お蔭様で近年は、ひょこむ仲間の方も含めますと、毎回30名程の参加を頂くようになりました。ひょこむパワーは凄い!先日参加者の方から、「 ボランティア活動は、人のためではなく、結局は自分のためなんですね。」 という言葉を耳にしました。

お城に行くと、四季折々の草花や木々・野鳥・自然の空気・人との出会い・親子のコミュニティー等、その都度何かの発見があります。個人差はありますが、お城のそうじは、そんな皆さんの「 きっかけ創りの場」 になればと願っています。
  • 8年先の300回目に向って継続中ですので、今後とも「お城のそうじ」 を宜しくお願い申し上げます。

日間 毎月第2日曜日・朝7時〜8時、雨天決行。
清掃場所 姫路城三の丸広場及びその周辺。
集合場所 三の丸広場、動物園入り口付近。
参加費用 無料。
参加資格 だれでも自由に参加できます。

「近くて遠かった県立大と県立姫路生活科学センターの協働」by たま

どこの大学でも最近積極的に開講されている公開講座。地域の大学を目指して、閉ざされて いた学府の扉を開き、一般社会の人たちを中心に大学の社会的意義を知って頂く大変よい機会になっています。07年度前期の兵庫県立大学環境人間学部公開講 座のテーマは「スローライフ研究〜心身と環境のすこやかを求めて」。月一回、毎週土曜日の午前中に大学キャンパスに集まって学生気分に戻って、いろんなこ とが学べる。「スローライフ研究」のコーディネートを担当していたのは、ひょこむの重鎮・環境宗教学教授のひよこ先生でした。

ひよこ先生が目指したのは、便利なものに囲まれて豊かな生活を享受しているはずなのに、なぜかますます 慌しくストレスの多い暮らしになってはいる現代人に、環境にやさしく、すこやかで安らかな生活を送るための参加体験型の講座を実現すること。その企画で は、大学の先生方に加えて、在野で活躍する実践家の方々にも講義やワークショップをお願いしたいという思いがありました。

ひよこ先生はここで、普段から交流のあるひょこむのメンバの中からピックアップした三人の一歩釣りを図ります。日本青年会議所の会頭も務めて今は家業とは 別にスローライフを推進する第一人者の方や未来の農業の在り方や担い手育成に人生を賭けた「地産地消」を唱える熱き農業青年など。「人材は選ぶのに苦労す るくらいひょこむの中にいらっしゃる」というのがひよこ先生の口癖。素晴らしい実績と人脈と人格を持った方々が、ふたつ返事でひよこ先生の依頼を受けられ るのも、互いを繋ぐ紐帯がなせる何の不思議もない日常なのです。

そんな立派な人々と並んで、私にもご相談がありました。02年度から、県立大学の隣にある姫路生活科学センターで、生活創造活動コーディネーターとして嘱 託の県職員としてお仕事をしていました。その内容は、楽しく頑張っていらっしゃる方々や住民グループを、物心両面で支援・応援するというもの。いわば、地 域活動のコネクターのようなお務めです。当時は、『地産地消に食材を活かす会』という登録グループがあって、積極的にお手伝いさせて頂いていたのです。 二ヶ月に一回のペースでお料理講座開催し、ひよこ先生にも何度か試食にお越し願って、「地元のこだわった食材あつめ手を抜かずに美味しいものを食べる」様 子に、好感をもって頂けていたのが繋がったんだと思います。

そこでできあがった企画が、トーキングセッション「身土不二−はりまのスローフードとともに」でした。播磨の食材を使った郷土料理をあじわい、講師を交え て総括ワークショップ開く。この日だけは大学を抜け出して講座の会場は調理室のある姫路生活科学センターとなりました。実はセンターは、通常は平日のみ開 館で、土日に施設を提供することはあまりありません。しかし今回、土曜日の講座に管理者である所長の快諾が得れたのは、兵庫県が地域SNS「ひょこむ」を 人と人をつなぐツールと推奨しており、所長もメンバのひとりとしてそのなかで活躍する方々と信頼関係があったことが大きな理由であったと思います。

地元大学の公開講座と言っても、よほどの名物講演が限り住民へのPRはなかなかうまくいきません。そんな話しを小耳に挟んだ私は、尊敬するひよこ先生のピ ンチとおせっかいにもしっとしていられずに、ひょこむのお友達や生活科学センターでお世話になっていた消費者団体の皆さんにお声がけをして、募集30名の 内なんと15名も参加してくださることになりました。もちろん講座は定員を大幅に超える応募で大盛況となりました。

この公開講座は、隣接しながらなかなか連携の糸口が見えなかった県立大学環境人間学部と姫路生活科学センターとの、初めての記念の協働作業となりました。 5ヶ月間にわたり、月に一度の大学生気分を満喫した最終日、多くの方の協力をいただき地元の美味しいものをいっぱい集め、皆さんに召し上がっていただきま した。修了証書を手にした消費者団体の皆さんのお顔が、とても満足そうな笑顔で満ちあふれていたこと、忘れられません。講座で出逢ったひょこむ仲間との交 流効果で、その後大半の方が「ひょこむ」に参加されたのは言うまでもありません。「ひょこむ」は人と人、笑顔と笑顔もつなぐということをを心から実感した 講座となりました。

【参考】公開講座募集パンフ
http://www.shse.u-hyogo.ac.jp/okadamk/070412.pdf

「つながる喜びと驚き」by チャコ

私とSNS『ひょこむ』の出会いは、兵庫県が初めてコミュニティ活性化に本格的に取り組む事業、県民交流広場事業の地域協働推進嘱託職員に携わったのがきっかけでした。
行政職は初めての経験で、戸惑うことばかりでした。地域SNS『ひょこむ』の招待メールをいただいても、Web2.0の色々な問題点を知るにつけ恐くて入れずにいました。

ところが全県の研修会等に参加をしますると、『ひょこむ』で繋がった方々の絆の深さを感じ、私も入ってみたくなりました。そこで仕事の上でも頼りしていた方に後見人になっていただき、入って少しなれた頃にブログを書きました。「・・・兵庫県 大谷勝子さん・・・」すると、直ぐに遠く離れているトモダチからコメントやメッセージをいただき、多くの情報が瞬時に手に入ったのです。

また、8月に開催された全国SNSフォーラムで知り合った『ひょこむ』のおトモダチから『兵庫県の山々』コミュニティへのお誘いを受け、森林浴を楽しみ たくて初登山に挑戦しました。山頂では、多くの方からおもてなしを受け、人の暖かさに触れることができました。その上、フィールドワークを兼ねた登山会 は、仕事のスキルを磨くだけでなく、何時おこりうるかも知れない災害時に備えて、自ら身を守るすべを学ぶことができました。

毎月の登山会を目標に日頃から体を鍛える習慣も身に付き、ややふとり気味の体で悩むようになりました。そこで『ダイエットコミュニティ』で、毎日の体重 を測り書き込み、トモダチの応援や励ましのお陰で、約半年で8kgの体重減を実現し、理想のプロポーションが獲得できました。友人は『エステに100万円 以上かけても実現できなかったのに・・・それって凄いお金儲けやね』と驚嘆していました。

『ひょこむ』は、遠いところでのオフ会も知ることができます。約1年でほぼ全県に出向け、家に閉じこもりがちな私の行動範囲は大きく広がりました。そして、良きトモダチと縁を結ぶことによって夢の実現が沢山叶いました。

今度は私がご恩返しをしたくなり、宝塚市で初のオフ会をしたいとブログに書きました。すると多くのノウハウを持ったトモダチが無償で力を貸してくださり、当日は全県や他府県からも集ってくださり大盛況で終えることができたのです。 

これらの経験は、自身に繋がり、これからも、多くの方に貢献ができますように、すこしずつ努力を重ねて参ります。

「人生を二度楽しめるなんて」by デーヴ上田

人間が人間に親愛の情を込めるときに、よく「好き」「ありがとう」「愛してる」って言葉を使いますよね。人生46年生きて来てその言葉の深みを、このひょこむで経験するとは、参加するまで思いも寄らなかったことです。

逆に言えば、昔から、上記のような言葉を何度か聴いては来ました。でも、その言葉の、なんと「浅い」ことか。でも、その言葉の、なんと「無機質」なことでしょう。

好きと言われて翌日裏切られ、ありがとうと言われて今度は貶められ、そんな辛い経験を重ねる度に、言葉の持つ意味への興味が失せ受け答えが儀礼的なものになって行った気がします。

41歳の誕生日を家族で祝ってもらった1週間後、家に帰ると、妻子は置手紙を残して姿を消していました。いなくなる当日の朝、当時幼稚園だった子供が私の 布団の中にもぐりこみ、私になぜしがみつくのか不思議に思っていました。それから裁判の呼び出しが来て、強制的に別居・離婚と進み6年が経過しました。

その間にも、好きとか、ありがとうなんて言葉を何度となく聞きましたが、空っぽな心には、ただただ空しく、その間、言葉巧みに高額な物を要求しては裏切っ て行く女性の言葉に人間不信と人生のせつなさだけが募る毎日でした。それでも寂しさを紛らわすために、そうした女性の言葉にだまされ続けたかもしれませ ん。

そんな私が、ひょんな事で、一本の「たまたま知人」という細い糸で結んでくれたのが、このSNSひょこむでありました。愛知県の私にとって兵庫県とは、親 戚は住んでいますが、殆ど縁のない地域。そこで始めての人と、友情で結ばれていくのに、素直な感動がありました。地域が離れているからこそ、気兼ねなく思 いを語れる要素もありました。

そして、その中で、46年生きて来て、本当の心からの心の奥から湧き上がるような魂のこもった「ありがとう」という言葉を聞けたのが、昨年末の12月のこと。彼女も私と同じ、子供がいながら、相手方の元へ取られてしまった、いわば同じ境遇の人間でした。

最初は互いに「寂しさ」を紛らわす相手を求めたのかもしれません。ただ、私たちには人生で思いっきり傷つけられた過去があるからこそ相手を大事に思う心、 本当に大切なものへの愛おしさと言う心が芽生えていたのだと思います。何気ない時間の経過の中での小さな幸せの積み重ねに「ありがとう」という、本物の心が伝わり、それがやがて、「好き」と いう言葉に変る。互いに見つけた幸せがいまだ信じられなくて、すれ違い、思わず出た暴言に彼女が慟哭し、泣きながら新幹線で駆けつけてくれたりするたび に、心を通わせる人間の感情って、こうやって出来上がるのだと今更ながらに感じます。時間はかかったけど、まさに二度目の人生のスタートなのです。

そんな場所を提供してくださった、ひょこむに感謝を込めて。
「ありがとう」

「地域SNSに育てられた俄か桃園」by ばあや

地元の桃園の管理者の方たちが高齢化し、作業がきつくなり後継者を探していました。子育てグループのお母さん達の働く場所と考え始めましたが作業は予想以上に大変で、1年でグループは挫折してしまいました。

桃自体は8年生で、これから本格的に収穫できるとのこと。「伐採して更地にするというのはもったいない」ということで夫婦でやってみようということになってしまいました。

生まれも育ちも都会の私にとって、農作業をするなんて思いも寄りませんでした。「桃は手間が大変やろう」とか言われるのですが、私には比較するほかの作業をしたこともなく、逆に日々新鮮でした。

その日々の新鮮な体験をポツポツとブログに書き始めました。愛車「オートマチックの軽トラック」の事草刈機「てがーる」、小さい耕耘機「こまめちゃん」の 事。冬場の管理のお話には「まあ、大変そうですね!」「頑張ってくださいね。」「今日は、ゆっくりお風呂に入って休んで下さい。」などの激励コメントに励 まされました。
春先の花の話では「桜とまた違うピンク色で、綺麗ですね。」「かわいそう、お花摘んでしまうんですか?」「何かに利用できませんか。」思わぬ反響に勇気づけられ、桃園の作業が楽しいものになっていきました。

受粉、剪定、小さな虫の発見、実の成長、ネット張り、袋掛け、葉っぱの病気など体験談をブログにすることで、「遊びにいくよー」「手伝いに行くよー」「大きくなあれ、おおきくなあれ!」とみんなの声が届きます。

SNSの世界はすごい大きな世界なんだと身を持って知ることが出来ました。見ず知らずの私達に的確にア ドバイスを下さったり、「袋掛けしたいから行くね。」「わたしにも、お手伝いさせて。」と遠くから足を運んでくれます。 「したい時に 出来ることを ボ チボチに!」を地で行く人がたくさんいるんだ!世の中にはこんな世界があるんだ。私達はひょこむに育てられた俄か農園なんだとつくづくと思います。
雨や風の被害を心配してくださる方、出来具合の心配をしてくれる方、さまざまな皆さんに感謝を込めて収穫祭を行ったところ、家族やトモダチを連れてたくさんのSNS仲間が集まり、桃園中に素晴らしい人の輪が出来上がりました。

バーチャルからリアルへの新しいつながりが、あっちでもこっちでもできあがり、「美味しくなあれ! 大きくなあれ!」発信者の心の後押しが、俄か農園の大きな力になり、その心をみんなに還元していくことで、暖かな心の循環が生まれるのだと実感しました。

また、たくさんの人の顔が、集う日を待ちながら、今年も、桃は、たくさんの実をつけ、「美味しくなあれ! 大きくなあれ!」と、みんなからの声援で、すくすく育っています。

「地域の協働知と集合知の結晶−地産地消のひょこむ鍋物語」by ばあや

 「SOS!」この一言から、この物語は始まります。西播磨で行われる「ふれあいの祭典」は、行政が取り組む秋の最大のお祭りです。多くの人が集うイベントのメインのお鍋ができないという難題が、県幹部からひょこまー達に投げかけられました。
自分に何ができるのか、自分はどうかかわればいいのか、熱い思いの人達が、それぞれに自問を始めました。「材料は提供できるよ!」「当日の手伝いは出来るよ!」「アイデアならだせるのでは・・・」「頑張れ!」。様々な思いが緊急コミュに集まりました。

たくさんの人のエールを追い風に、未熟な船頭のもと「ひょこむ鍋」号は出発です。

西播磨の海の幸・山の幸 みんなの心を乗せて3週後の本番目指して・・・。
鍋は塩味の牡蠣鍋に決定です。牡蠣は、赤穂福浦の海からの採れたて、塩も吟味したものを、選びました。野菜は、夢前から運んでくださるとの知らせ、鍋に合 わせた古代米のつき立てのお餅の提供が、室津の海からは、牡蠣に合うお魚が、山からは、ゆずときのこ。次々に鍋に入る食材の提供がありました。
想像の鍋は、いい感じで出来上がりましたが、
実際のお味のほうは?。みんなの要望で試食会をすることになりました。できあがった鍋は、みんなの思いの詰まったすばらしい味に仕上がりました。「ひょこむ鍋」完成です。じっくり味わったおかげで当日の心の準備も整い、集まった仲間の絆も出来ました。

 西播磨「ふれあいの祭典」当日の朝、どれだけの人に喜んでもらえるのだろうか、少し不安がよぎりましたが、なんと県下各地から応援隊がたくさんお手伝い に来てくださいました。ひょこまーさん達の力強い応援で、みごと、1時間余りで、600食完売!。こんなにも、すばらしい心と力の結集にたずさわれたこと で、みんなの繋がりを深め、大きくしたことと確信できました。
 この「ひょこむ鍋物語」は、これで終わり
ではありません。そう、その下支えをする私達ひょこまーが、元気でいる限り少しづつ品をかえて、県内各地域にあった形で、これからも続いていくことでしょう。もう次のしかけが始まっているのかもしれませんよ。

「SNSで名物づくり—姫路おでん」by 播磨夢路

姫路地方では、昭和初期から、おでんは生姜醤油をかけたり漬けたりして食べるのが食習慣として伝わって います。その食べ方が、日本中でも、姫路地方固有のものだと気がついたのが、平成18年6月頃でした。そしてそのおでんの食べ方を「姫路おでん」と命名 し、PR活動を始めました。最初は、「姫路おでん探検隊」を設置し、一般の賛同者を呼びかけ、姫路市内のおでん屋さんの食べ歩きをしました。

その時に役立ったのが、「ひょこむ」でした。姫路おでんというコミュニティを平成18年9月に設置し、情報交換と、食べ歩きの会「姫路おでんを楽しむ会」 をこのコミュニティから発信し、参加呼びかけしました。それまでは、告知はチラシやFAXなどが中心でしたが、一般の不特定な賛同者の呼びかけで、しかも 実際に食事会を開催するためには、ちょうど地域型のSNSがよかったのです。
また、徐々に「姫路おでん」の名前が、有名になっていゆくにつれて、テレビや新聞の取材が増えました。平成18年11月頃は、毎週のように、マスコミの取材依頼、しかも、「姫路おでん探検隊」も取材がしたので、隊員に集まって欲しいとの依頼も多かったのです。
毎回、電話やFAXで参加依頼をすることも大変で、とにかく、私は、コミュニティのイベント・トピック のみで、取材依頼があったら、即、呼びかけることにしました。コミュニティ参加者で、その時間に行ける人が姫路おでん探検隊員として参加する。そして、報 道関係者の取材依頼には、ほぼ100%希望どおりに対応したのです。そうすると、メディアへの露出がさらに加速化し、最初は、「生姜醤油でおでんを食べる のは、あたりまえや。名物になるはずかない!」とか「姫路は、おでんとちゃうで、関東煮(かんとうだき)いうんや!」とかいろいろな意見もありましたが、 半年もしないうちに、「姫路おでん」は、姫路市民に認知されるようになったのです。

また、ひょこむでの活動報告や情報交換を通じて、「姫路おでんラーメン」や「姫路おでんコロッケ」など も誕生し、おでん業界だけでなく、他の業界にも広がっていきました。「姫路おでんケーキ」「姫路おでん懐石料理」「中華風姫路おでん鍋」「姫路おでん用レ ンコンシュウマイ」「姫路おでん巻き寿司」・・・など、どんどん広がり、ついには食品業界以外の地場産業までつたわっています。「姫路おでんマッチ」
新しいお店が出来たときや、紹介して欲しいときにも、ブログの書き込みによってほぼ答えが得られます。また、地域イベント等での、タイムリーな姫路おでんの情報収集ができます。
姫路おでん探検隊は、ひょこむのハンドルネームのほかに、遊び感覚で、自分のおでんネームまで作って、コミュニティ内部では呼び合っています。
現在は、食品関連団体や企業があつまって「姫路おでん普及委員会」を設置し、県外・市外に、普及定着 PR事業をすすめています。平成20年4月に開催された姫路菓子博では、この普及委員会が、姫路おでん屋台ガーデンを期間中に常設設置しましたが、そのと きに、ひょこまに応援依頼を発信し、たくさんのメンバーにお手伝いいただきました。そんな具体的なつながりの場としても大変助かっています。

「地域防災・防犯コミュニテイで安心・安全のお手伝い」by ビッグゴリ

災害時に必要な情報は、時間と共に変わります。発災時の緊急対応、復旧時対応、復興時対応など、情報はその時々の被害の進行とともに変わっていきます。もちろん伝達相手も多重化・複雑化します。
災害情報の伝達手段には、防災行政無線、テレビ放送、ラジオ放送、コミュニティFM放送、CATVなど数多くありますが、地域で起きている災害(被災)状況を、直接に地域住民から行政へ連絡したり、住民から住民へ連絡する手段は、まだまだ有効な手段が見つかりません。

「行政と住民」、「住民と住民」をつなぐ情報伝達システムがないかと考えていた時、2006年12月大阪で“市民社会における双方向通信の可能性”をテーマとした情報化セミナー(KANSAI@CANフオーラム)があり地域SNSを知りました。
地域SNSを活用すれば、防災時に最も大切な、“情報発信者の顔”が見えること、情報発信者が、地域に面的に分散し災害の現場にいること、記録に残せることなどから、災害時に有効な伝達手段になると思い、地域SNS“ひょこむ”に参加させていただきました。
“ひょこむ”入会後、早速「防災」をテーマとする「地域防災・防犯コミュニティ」を立ち上げました。 「地域防災・防犯コミュニティ」は、個人個人が災害時の被災を想定する力(判断することができる力)を養う”ことが大事と考え、災害が起きる原因となる 自然側の知識、及び過去に起きた災害の教訓、などを学ぶために情報を投稿しています。もちろん仲間からも投稿してもらっています。
また、地域の災害特性(危険場所など)を知るための一つの手段として、日頃発生している地域の“防犯事案”を掲載し、自分が住んでいる地域の危機を感じ取ってもらうため、当面は地域を限定し、管内で起きている“防災事案”を主として扱っています。

“防犯事案”は、マップ掲載機能を生かし、コミュマップ上に集積しています。
情報は、正確性を確保するため、管内自治体から公式に発表される情報を主体に扱うこととし、情報発信元のご理解を得ています。
現在は公式情報が主ですが、それぞれの地域の仲間から“街角情報レポータ”として、地域の情報を発信して貰うことができれば良いなと考えています。
見ていただいている人それぞれが、自ら情報を発信していただけるようになれば、関心度も上がり、真の防災力の向上にもつながると思い、更に各地域に広がれば良いな!と思っています。

「はじめてのひょこポ」by 百山紀行

電子地域通貨と地域SNSは、どちらも人と人をつなぐコミュニケーションツールとして相性がきっと良いはず。そんな確信のもと兵庫県の地域SNS活用モデル事業の一環としてひょこむへ導入された地域通貨「ひょこポ」。
昨年8月の地域SNS全国フォーラムでひょこポと交換して手作りオリジナルブレンドのハーブティーを入手。翌日はオフ会で虚空蔵山へ登ったのですが、皆さんに山頂でそのハーブティーを振舞ったら、これが大好評♪

そのことをひょこむに書き込みしたところ、皆さんが美味しかったと喜ぶコメントを見て、何とハーブティを提供してくださった方からひょこポを送っていただきました(結局その方が無償で皆さんにハーブティーを振舞った格好に^^)。
http://hyocom.jp/bbs/bbs_list.php?bbs_id=18&root_key=28887
私が初めて受け取ったひょこポは、単なるモノの対価ではなく、みんなの喜びを自らの喜びと感じられる素敵な仲間からの感謝の気持ちでした。
このほか「(S)すぐに(N)仲良く(S)酒が飲める」亀吉のエピソード。宝塚足湯プロジェクトの話。『ひょうご百名山』の企画などひょこむから生まれたエピソードを挙げ始めたらきりがなさそうですが、下記も参考にしていただければ幸いです。

【参照】 「知縁コミュニティと地域SNSの展開」

「ひょこむは国際会議の実行委員会場だった!」by ひよこ

 2006年11月、初めての学官民協働の「国際ため池シンポジウム」が姫路の兵庫県立大学環境人間学 部で開催されました。兵庫県の力強いご支援とともに、国交省、農水省からもご参加頂き、(独)日本学術振興会人文社会科学振興プロジェクト研究の仲間、播 磨のため池協議会のみなさんらがコアメンバとなっての開催でした。なにせ、スリランカや韓国からの先生を含め、講師だけで19名に及ぶ多彩な顔ぶれです。 どうしたって実行委員会に集まれっこないっ!。
そこで威力を発揮したのが、ひょこむのコミュニティ「国際ため池シンポ」でした。なにせ、実行委員会のコアメンバの多くが「ひょこまー(ひょこむ利用 者)」でしたから、このコミュニティが会議場になったわけです。結局この世界初の国際ため池シンポジウムの準備のほとんどはひょこむのコミュニティで話し 合われました。リアルに顔を合わせたのは、立ち上げと、直前会議の2回だけでした。

研究室、執務室、お茶の間を結び、奈良、名古屋、東京の委員もリアルタイムで参加できたこのコミュニティの力はすばらしかったです。まさにICT時代の先端を行く国際会議となりました。
兵庫県立大学環境人間学部教授 岡田真美子
(国際ため池シンポジウム実行委員長)

「ひょこむでダイエットに成功!」by ひよこ

『総コレステロール値313。Fランク...体重62kg。ウェスト78cm...』
これらの値には目を瞑って生きていたわたくし。しかし、ひょこむの「兵庫の山々」のお仲間に誘ってもらって意気揚々と出かけた三川山でのショッキングなバテ方は、わたくしの生涯の転機を用意してくれました。
山から帰ってわたくしは体力づくりをはじめました。隣の生活科学センターのたまさんが、ご自身の経験に基づくすばらしいアドヴァイスをくださいました。

ひょこむのブログに測定値を上げると、「ダイエットコミュ」からお誘いが来ました。こうなったら引き返せません。毎日毎日成果や反省をひょこむにアップすることになりました。

このひょこむ山姥大作戦によって、まめ歩きと食事改善のおかげで、毎日平均100グラムの減量に成功 し、3ヵ月後には10キログラムスリムになって、9号サイズの服も着られるようになりました。コレステロール値は239まで下がり、Bランクに!!今でも この「ひょこむミラクル」は忘れられません。

【参照】 「兵庫の山々」

「掃除で繋がる仲間−船場川で遊ぶ会」by hiromine

姫路中心部を流れる「船場川」は、延長12kmの2級河川で、姫路城のあたりでは濠を兼ねた川にもなっていて、お濠に新しい水を供給しています。昔は瀬戸内海経由でお城に物資を供給する船が上がっていたこともあって、船場川という名称になったといいます。

そんな由緒ある川なのですが、以前は他の都市河川と同様に生活排水などによる汚染と心ない人々の廃棄物によって大変環境の悪い川になっていました。しかし、下水道の整備や周辺住民の努力によって最近は少しずつ綺麗になっています。

 「船場側の流れや風景を市民で楽しもう♪」というのが「船場川であそぶ会」のコンセプトです。当初は コアなメンバーだけで、月1回、酒を酌み交わしながら内輪の秘密会議をやっているような集まりでした。それが、地域SNS「ひょこむ」が動き始め、そこに 仲間が少しずつ参加するようになると、活動自体が一気に様変わりしました。
まず「ひょこむ」内にコミュニティをつくり、これまでの仲間たちに呼びかけるとともに、一般のひょこむ のメンバにも趣旨や活動を紹介していきました。すると、船場川に思いを寄せる多くの人が、活動への感想や河川環境への助言などを寄せてくれるようになり、 コミュニティの参加者も日を追って増加していきました。

これがSNS内だけのバーチャルなつながりに終わらないところがひょこむの優れたところなのでしょう。

以前は、細々と継続していた月1回の例会にも、新しい人たちがどんどん積極的に顔を出すようになってくれて、勢い「遊ぶ会」自体が目に見えて活性化してきたのです。

「あそぶ会」は、入会金も会費もない、本当にオープンで自由な集まりです。そんなええ加減な会も年に数回、社会貢献活動をします。そう「川掃除イベント」 です。中でもメインは「川愛護月間」の7月に行う川掃除で、以前よりは少し綺麗になったとはいえ、川底には空き缶が沈んでいたり、河畔の草むらに隠れてい るペットボトルやレジ袋を、仲間達が集まって、わいわいがやがやみんなで楽しく一斉に清掃します。08年度からは、ひょこむで趣旨に賛同してくれた「お城 の掃除の会」のメンバや姫路市環境会議OBのみなさんが、積極的に加わってもらい川掃除が継続しています。いわゆる「地域SNSから生まれた掃除コラボ レーション」です。

お城の掃除のように毎月1回といった頻度では活動できませんが、川の中で空き缶を拾っていると道端から通行人の方々から「暑い中ごくろうさまです」と声を かけてくれます。そんな激励の声をもらうと、暑さでだれてきていた心も不思議としゃんとなるものです。今後も、みんなと一緒に、地道ながらも毎年川愛護月 間には欠かさず川掃除を続けたいと思っているところです。

「ひょこむカーが証明したのは、地域SNSのコミュニティ機能がデザインと言うクリエイティブな作業を完結できるポテンシャル」by みっきー

■デザイン、それは「合議制が成立しない仕事」
仕事で多くのクリエーターたちを取りまとめるディレクターであり、クリエーターでもある私は当初、地域SNSと言う公開された環境で、一度も面識の無いプ ロのデザイナーたちが作業を進めるにはとても馴染まないツールだと考えました。デザインは、誰かがイニシアティブをとり、時には強引に進めなくてはなりま せん。相手の顔色を伺いながら非情な判断を押し付けるからです。
■24時間いつでも誰かに見られている「見えない精神的圧力」
地域SNSは24時間オンライン。それ故に以下のような精神的圧力もありました。丸一日掛けて作ったデザイン画。やっと朝5時にアップロードして「寝よう!」と思った途端、起床してきた者が書き込んだコメントを恐る恐る読んだ結果に落胆して寝付けなかったり。

また、書き込む者のデザイン・スキルは様々。専門用語であれこれ書き込むとデザイン論議以前に「ようわからへん」と判断されるはず。そこでラフスケッチ段階は、殆ど無くし、初期段階から完成予想図に近い完成度で進めたことが、今回の大きな特徴であり、それが全員参加型の製作過程に結びついたと考えます。
■地域SNSだからこそ保たれた「精神的余裕」と「平等性」
リアル会議は、「今日の議題は○○について」のような形式で始り、意見は活発にやりとりされても結果的にプロデューサーの一声で終わり、クリエーターさん たちに宿題だけが増えていくこともしばしばです。本会議のための予備会議やそれらのスケジューリングなどハンドリングも必要です。しかし今回はそれらが殆 ど発生しませんでしたので仕事に集中できました。

コミュニティ機能は、書き込んだ順番に意見が掲載されます。視覚的にも平等です。それに「誰か一人が役 割を担うことが無い」(注:チームリーダーは存在しますが、一般的なプロデューサー、ディレクター、オペレーター等の区分けはない)ので、誰もが遠慮なく 意見を出せ、多くの者が面と向かった時よりもハッキリと意見を書いて下さったはずです。自分の発言時に、じっくり煮詰めてから意見を書き込む時間と余裕が 生まれるのもリアル会議では難しいことです。

■マーケティングしながら進む「無駄の無い制作プロセス」
地域SNSのメリットとして特に挙げたいのが、デザインの現場にデザインのプロで無い者(ユーザ)が自然に関われることです。これは制作過程でマーケティ ングが可能になることで、とても魅力的なこと。常にエンドユーザの意見を反映して進行できるので無駄がありません。そして、結論に近づいていることが視覚 化されるので、全員が実感(やりがい)を共有しやすいのです。これはリアルでのデザイン現場ではあまり経験できないことでした。

■ログインすると、そこはいつも「開放的なデザイン・ルーム」
朝晩はまだ肌寒い日もあった4月25日の取り組み開始から、7月24日のデザイン最終決定までの三ヶ月間。その間、コミュ「ひょこむデザインチーム」には、時には熱いバトルもあり、時には冷却期間もありました。
そんな中で自然発生的にチーフ・デザイナー(松島和代さん:webデザイナー)とアート・ディレクター(私)がデザイン作業の中核となり、23名のデザイ ン・チームのメンバーが全面バックアップするのをもう一人のデザイナー(岡村果林さん:イラストレーター)がまとめるというスタイルが次第に確立していき ました。デザイン終盤、松島さんと私が、チャット状態で最終デザインまで一気に持ち込む緊張の数時間には、コミュ内外のメンバーたちから温かい応援メッ セージが届き、まるでマラソンのゴールラインをみんなで通過するような、そんなアットホームな環境でデザインできたことも有意義でした。

■ひょこむカー・デビューのPRツールもひょこむデザインチーム作
ひょこむカーのデビューは2007年8月31日の「第1回 地域SNSフォーラム全国大会」と決まりました。車体へのカッティング・シートの貼り付けも、「ひょこむ」内で業者さんを選定し、全てひょこまー(ひょこ む登録者)の手で完成し、無事、皆さまの前にお披露目することができました。添付写真はその際のPR用ポスターです。

■最後に
画像とテキストのやりとりだけで、プロアマの垣根を取り払い、兵庫に住む者やそうでない者が兵庫の街を走る「ひょこむカー」を想像してデザインを進めることが出来たという事実は、地域SNSが街そのものをデザインできる可能性、云わば「地域デザイン」「環境デザイン」「ブランディング」などに有効活用できるポテンシャルを秘めていることを実証したのではないでしょうか。

最後に、「ひょこむ」を愛する多数の人々の気持ちがカタチになったのが「ひょこむカー」だと自信をもって言えます。

「夢をかたちに−地域の活性化事業と地域SNS」by やっちゃん

今年、我が兵庫県宍粟市では、『しそう天空回廊1000mの風にのって・宍粟50名山』というキャッチ フレーズのもと、今新しい観光事業に取り組んでいます。豊かな自然に育まれた宍粟の山々50山を全て登破しようと、この不景気にもかかわらず、とても多く の登山客が訪れるようになっています。
そしてこの事業が発端となって、兵庫県全域にわたる広域事業として『ひょうご百名山』が策定される運びとなりました。『宍粟50名山』がスケールアップ し、今度は兵庫県全域を対象に『ひょうご百名山の会』が結成され、相乗効果を生み出そうとしています。地域の自然が持つ素朴な景観の魅力、自然散策や登山 などへの関心が高まるなか、森林空間や里山に親しむ人々を迎えることによって、都市と農山村との交流をより促進していこうとしています。実は、こうした一 連の事業の立ち上げは、地域SNS「ひょこむ」の存在なしに成し遂げることが出来なかったのです。

一昨年初夏、私は宍粟市の観光協会長に推され就任しました。過疎化の進む広大な山間地域を含むこの宍粟市を、観光事業によって何とか活性化出来ないもの か、何か有効な事業が発想出来ないものだろうか・・・と、頭を抱えていました。そんなおり、秋に入ってまもなく、たまたま山登りをしないかと知人に誘われ たのです。そしてまたその仲間になった人達から、今度地域SNS「ひょこむ」というのが出来たから参加しないかと、誘いもうけたのでした。

登山口に向かう車中で、地域SNSがいったいどんなものか全く知識など無く理解できないまま、生返事を返しながら彼らの話をぼんやり聞いていたのでした が、ふと「こたつねこ」という名前が耳に飛び込んできました。まだインターネットという言葉が物珍しかった十数年も前のこと、ハイテク音痴のわたしに何時 間も熱心に地域情報化の大切さを説いて、西播磨の青年会議所が合同で取り組むことを決断させた男。「なつかしい!!」。久しぶりで聞くその名前に、当時の 熱い気持ちが蘇りました。当然ですがあの時と同じように、なにが何か解らないにも関わらず、私は一も二もなく参加することを約束したのでした。

よし、そのひょこむとやらにひと肌脱いでやろうと決心しました。これは、きっと面白いことが出来るに違いない。そんな予感を感じていました。予感というよ りも、むしろ確信に近いものでした。なぜなら私には、地域SNSという言葉を初めて聞いたにもかかわらず、話を聞けば聞くほど、その構想自体は遠い昔にす でに、こたつ氏から聞いた思い出があったからです。
ひょこむを通じて仲間とさらに絆を深めた私は、ひょこむで新たに知り合った多くの方々に励まされつつ、登山を要とした観光計画が私の頭の中でぐんぐん事業化されていくことになったのです。
こうして私は幾つか登山や観光に関するブログを書きながら、全体像とコンセプトを模索し構想していきました。そしてほぼ輪郭が把握できた時点で、思い切っ てコミュニティをつくり全体像を開示したのでした。それは事業計画自体を鳥瞰的俯瞰的に可視化したもので、それが今後具体化するための、試行錯誤していく ためにも必要な、精度の高いスケッチともなったのです。これが功を奏して、いよいよ事業の主旨は明解なものになり、より多くの方々にも理解を得られ易く なったのです。バーチャル世界と現実世界とは正確に重なり合い像を結び、計画はよりまさに具現化へと加速していったのです。
まことに小さな思いが、望みが、この地域SNS「ひょこむ」によって、しだいに生長し、育まれ、ついにはバーチャルな世界がリアルな世界へと変容し、大き な広がりを持って実を結んだ実例ではないかと思います。地域の活性化計画がひょこむの生長とともに育まれていったといっても過言ではないでしょう。さらに また、これと同時進行的に地域の活性化のためのシミュレーション可能なコミュニティも幾つか生まれました。これらは、新たな地域活性化に向けて、今後の基 礎的なデータとなるものです。そして今また、「ひょこむ」の支援を受け、宍粟市のSNSを立ち上げ、地域の情報化と活性化に取り組もうとしています。

【参照】 コミュニティ『宍粟50名山友の会』

「ひょこむ塾の辿り着く景色の中に」by やまね

主に利用技術的なサポートデスクとして運用されていたコミュニティ「ひょこむの達人」が、ひょこむ開設1周年の2007年10月1日に、登録ユーザー全員が参加する公認コミュニティ「ひょこむ塾」として、装いも新たに再スタートを切ることとなりました。

そこには、1年間で急成長をした「ひょこむ」の中に生まれつつあるネット上だから起こりうるトラブルに心を痛めるメンバーの思いが込められていました。

完全招待制の上、本名や住所も登録が義務付けされている「ひょこむ」でさえ、どの掲示板やブログでもお目にかかる諍いや誤解が発生します。

建設的な意見の衝突や議論であれば左程気にする事もないのでしょうが、今までネット上で交流をあまりしたことがない初心者がネット上のルールを知らないが故に誤解を生じさせたり、悩んだりするのならば、みんなでコミュニケーションの仕方を学びあえば解決できるのではないかという思いです。

そんな中、特に誰か凄い講師がきて教えるのではなく、普通に「ひょこむ」に参加しているメンバーが中心となり、みんなで学びあう場「ひょこむ塾」のアイデアが生まれました。

「ひょこむ」には非常に熱心な活動をされている方が沢山います。地域や行政で活躍されている人望の厚い人、学識豊かな先生、人生経験豊かな人・・・「ひょ こむ塾」をサポートできるメンバーには事欠きません。しかし、何故か、パソコンの知識とパソコン通信時代にPC−VANというネットでシグオペをしていた 経験があるということで初代塾長になってほしいと和崎氏から声がかかりました。最初、その話をもらった時は悩みました。既に会員数3,000人を越えた 「ひょこむ」の中で、塾長なんて務まるのかと。

アクティブに活躍される人や70歳代までいるであろうメンバーの中で、ネットのエチケットやルールを教えないといけない・・・。これは凄い重圧です。「ひょこむ」立ち上げメンバーでもなく、トモダチ数も数十人しかいない私にとってはそう思えました。

シグオペ時代に管理者として苦労した事、その後、数人で管理したホームページでの分裂トラブル、現在も管理している個人ホームページでは正論を発言しただ けで2chで叩かれる・・・こんな思いをしているとネットの表舞台に立とうという気は全くなくなり、「ひょこむ」の中でも自分のペースで静かにしていよう と考えていましたから尚更です。

この話を頂き、あらためて「ひょこむ」の中を隅々まで目を通しました。私の拙い経験でも危機感を感じる「匂い」は感じ取れました。ブログ・コミュニティでのコミュニケーションにおける問題点非常に盛り上がることで発生する見えない壁やオフ会は「諸刃の剣」であることの危険性。あちこちで出来上がりつつある「素晴らしい輪」が純粋に育ってほしいと思う気持ちと、その輪が「参加しやすさ、しにくさ」を生み出しているということ。見えない空間を作ることで「敷居の高さ」を与えてしまうということや少し書き方を考えるだけで相手を思いやれるということ。

そして、著作権・肖像権に対する知識の低さなど少しコツやルールを知るだけで、トラブル回避ができるのにと思える出来事が数多くありました。

その他にも「友達数」や「あしあと」が、人それぞれの価値観で判断すればよい事なのに、「多ければ凄い!」とか「少ないと人気の無い人!」などと、最初の 頃は、とても気になってしまったり、それがその人の評価に繋がってしまうのは間違っているよねということも多くの人に知ってもらいたいと思いました。

実際に立ち上げ準備をする段階で「すでに大人が参加しているのに、”塾”と銘打って上から目線で何を教える事ができるのか」との意見も聞かれました。確か にそうです。教えるなんて気持ちでは伝えることは難しいと思いました。微力ながら、そっと背中を押す程度のサポートから始めよう。

こう考えられるようになってから少し肩の荷が軽くなりました。もちろん一人でするわけではありません。副塾長2名、事務局長1名の見聞広き方々もいっしょになり「ひょこむ塾」がスタートしたのです。

インターネット上のエチケットや暗黙のルール、知っておくと便利なコミュニケーションの仕方著作権に関すること気をつけたいこと技術的なこと、そして何より「楽しくひょこむを使っていこう」をスローガンに、現在もメンバーみなさんのサポートをしています。

新人の頃の不安や戸惑いを忘れず、初めてもらったメッセージやトモダチができた時の嬉しさを忘れず、すべてのメンバーが心地よくこの場を楽しめるように。私達「ひょこむ塾」のスタッフは、少しだけメンバーの背中を後押ししています。

そうそう、書き忘れていましたが「ひょこむ塾」のスタッフは、塾長、副塾長、事務局長だけではありません、「ひょこむ」のメンバー全員です。相手の立場に立って相手の事を考えながら「みんながみんなをサポートする
ネットでは実現不可能と考えられている理想的な姿は、「ひょこむ塾」がこの先辿り着く景色の中にあるのかもしれません。
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